人によって食べ物の好みが違うように、ニオイに対する嗜好も違うものである。だからこそ柔軟剤にはいろいろなフレーバーが存在するし、香水で魅せるという行為も生まれたのだろう。
さて、今回はTwitterでもオフラインの間柄でも打ち明けてないことを記録したいと思う。実は昨年12月下旬から新年1月中旬まで、ためしがき氏は嗅覚を失った。ことの発端は、12月下旬のとある深夜に激しい悪寒がして目が覚めた。これは高熱がでるな・・・と思った瞬間から非常に心細くなり、世界中を騒がせている例のウイルスのことが頭をよぎった。暖房を最大温度に設定して、震えながら葛根湯とアリナミンAを飲み、布団に戻った。体温を測ると35℃台で低体温。その後も、結局は回復まで一度も発熱することはなかった。翌日、かかりつけ医の内科に行くも、発熱していないから例のウイルスの検査はしなくてもよい、との診断となり、今も結果は分からぬままである。その時の診断はもちろん、単なる悪寒を伴う風邪。
内科にかかった翌日あたりから、若干の喉の痛みと鼻水の症状が出て、翌日には全身の皮膚が超敏感になり、歩いて服がこすれるだけでも強い違和感を感じた。特に足の指は敏感さが激しく、靴下をはくことができなかった。ただ、皮膚の感覚が敏感になるのは、過去5年以内の重い風邪のときにすでに経験していたこともあり、特段異常だとは思わなかった。初めての症状だったら、もっといろいろと例のウイルスを疑ったかもしれない。
5日目になるころ、袋麺を作って食べようとしたときのことである。そのどんぶりから放たれる湯気が、いつものラーメンとは違う匂いがすることに気づいた。食べ慣れたさっぽろ一番みそラーメンのニオイが、炊飯器を開けた瞬間の炊きたてのご飯のニオイに錯覚したのである。その日を境に、嗅覚を完全に失った。不思議と味覚はなんとなくあり、甘いのかしょっぱいのかは判断ができるものの、ただしニオイは一切しないため、結局のところ味はするかしないかと問われれば、事実上は味はしないという状態だったのであろう。その後、一週間間程度で、風邪の症状は嗅覚を失った交換条件のようにあっさりと治癒した。何度も繰り返すが、毎日体温を測っていたが、一度も発熱はしていない。また、この間は年始年末だったこともあり、ゴロゴロと治癒に専念できたのも大きい。
コーヒーや緑茶、ラーメンにスパゲティ・・・それらの湯気が、全部「炊きたてのご飯のニオイ」となることに悩まされた。他方、湯気ではないものなら、シャンプーやボディーソープのエレガントな香り(笑)は一切しないのに、食器用洗剤の柑橘類系のニオイはなぜか判別することができた。嗅覚の後遺症を除けば、完全に平常だったのも不思議な感覚であった。鼻が詰まっていたりなどの症状もなく、ニオイだけが鈍感なのである。もちろん、再度かかりつけ医に相談した。発熱はしていないし、例え陽性になっても特効薬があるわけでもなく対処療法になる説明を受け、また検査は別の診療所に出向かなければいけないこともあり、今度は自分の意思で検査を辞退した。この時、すでに風邪のような症状は一切なかったので、万が一陽性になり隔離されたところで、いわゆる無症状感染者となっては日常生活への代償がつきまとうのが単純に嫌だった。政府が的確な感染症対策を講じているのであれば従いたいと思ったのであろうが、緊急事態宣言を慎重に検討しているような緊急性を感じられない世の中が心底嫌だった。緊急地震速報の発出を慎重に検討してみれば、揺れが収まってから「こうなることは予想してましたが、慎重に検討した結果、今後の余震に最大限に警戒してください。棚の上には不要不急にモノを置かないでおいてください」と言ってみればいい。
この嗅覚の症状は、ずるずるその後も続いたのであるが、幸運なことに1月中旬のある日、劇的改善をみせた。トーストを焼いているニオイが、湯気でなく焦げ臭いと認識できたのである。その日を境に、コーヒーやラーメンの湯気に「その食品本来の香り」が付帯されだして、それからは今に至るまで後遺症と思われる症状も完全に回復している。
臭覚がいかれていた頃、自分のションベンを手にぶっかけて、そのニオイをかいでみた。無臭だった。風呂に入る前に、パンツの中にションベンをぶちまけて、パンツのニオイをかいでみた。無臭だった。鼻に押しつけても、何をしても無臭だった。いつものエロいニオイがしないのである。正直「終わった」と思った。食べ物の味やニオイがしなくても構わない。ションベンのニオイがしない今後を予想し絶望した。酔っ払いリーマンが立ちションして濡れて泡立つアスファルトを、手で触っても、キッチンペーパーで吸い上げても、アルコールをほのかに思わすツンとしたションベンのニオイが堪能できないと思うと、やばいやばいやばいと思った。ニオイでイきたいときもあるよね。
手洗いとマスク、対策は最大限に。みなさま、健やかにご安全に楽しくお過ごしください。(なお、思い当たる感染の機会はない。)