とっても礼儀正しい立ちションに遭遇してときめいた。道端の隅でやるとは言っても、人それぞれ狙う場所は違ってくるはずである。立ちションする場所、さらには狙う位置などが他人と全く同じだったなんてことは、基本的には稀である。もしそういうことがあって、かつその遭遇頻度なんかが高いのであれば、それはいわゆる立ちションスポットと言えよう。もっとも、そんな場面は、花見会場くらいにしか存在し得ないとは思うのだが。
礼儀正しい立ちション野郎は、道端の排水溝を狙っていた。終電で地元にたどり着いた深夜、その人も家に帰る途中であろう半端な道での遭遇であった。駅からちょうど5分、歩いていると妙に尿意を感じてくる絶妙なタイミングであろう。駅でしなくてもたぶん家まで大丈夫だろう、なんて駅を離れるも、信号待ちなどの立ち止まったタイミングで、急に我慢ができなかったようなパターン。
その道路の隅には並木もあって、当然その下は草と土なのである。土や草に立ちションするのが、この場合においてはスタンダードなものだと考えていた自分は、器用に排水溝を狙いションベンを放っているその男に感心してしまった。人通りが少ない深夜であったし、大通りからもひとつ外れた通りだ。排水口の下の水に、ションベンが落ちる音が響いて、ジョボジョボとよく聞こえた。まるで洋式トイレでしてる音と変わらないほどであり、気持ちよさそうであった。
忘年会シーズンの暮れのことだったから、その男も酒に酔っていたのであろう。ノースフェイスの赤いダウンを着たガッチリな高身長イケメソだった。自分よりも数歩ほど前を歩いていて、後ろを振り向くことなく、つまりは後ろに誰がいるのかお構いなしに、探していたであろう彼が考えるベストな立ちションポイントである排水溝に吸い込まれるように立ち、一気に音を立ててションベンを始めていた。慣れた一連の行動からするに常習犯だと思わせるところが、なんともシコいなぁと。
電柱や町内会の看板の裏、並木や草むら、コインパーキングなど、いくらでも放尿ポイントはあるはずである。そんな中、どうして彼は排水溝を狙ったのか。ためしがき氏は一晩、ああでもないこうでもないと考え込んでしまった。その現場となった排水溝を実際によく見てみたところ、一般的には汚物とカテゴライズされるイケメソの小便という液体は、すべてきれいに排水溝に流れていた。跡形もなく、流れていた。わずかにションベンを切ったときに振って落ちたと思われる雫が数滴、あとは排水溝の枠が少しだけ染みている程度の現場だった。跡を残さず、なんとも完璧な立ちションであると感じだ。しかも普通の便器と違って、足の位置と排水溝の排水部分は同じ高さなのに、水はさらにその下に流れる。普通の便器だと、足の高さより上となることがほとんどであって、自分の足の位置よりも下にションベンを落とすことはないはずだ。だから、なんか楽しそうだなとも思った。ほら、男の子って高いところからションベンするの好きでしょ?(男の子ってこうゆうのが好きなんでしょ?構文。)
電柱だと、行きどころがないションベンが泡立ってアスファルトに残ってしまう。跡フェチ的にはそれが最高なのだが、確かにそれは一般的に考えると汚いし、迷惑なのであろう。だから、汚いものは排水溝に、という思考なのであって、礼儀正しい。飲み過ぎのゲロなんかも排水溝にしてもらいたいのが世間一般の感覚なのだろう。次回、どうしても立ちションしなければならないほどの緊急事態に陥ったときは、世間の男たちよ!排水溝を狙うのだ!