アンナ・レンブケ(2022)『ドーパミン中毒』を読んで

 「アンナ・レンブケ(2022)『ドーパミン中毒』恩蔵絢子訳、新潮新書」を一気読みした。ためしがき氏は、今年1月頃にメンタルの調子を崩してから、休日は家で過ごすことが多くなった。だから、最近は“積読”の状態にあるホコリを被った本をやっつけている最中である。太陽光で読書するのは心地よい。賃貸物件のせまいベランダでも、キャンプ用の超ローチェアであれば、周りから見えずビーチスタイルでくつろげる。もう少し暑くなってくると、もうできない。

 この『ドーパミン中毒』は、私が立ちション観察の依存症であると認めざるを得ない描写が多かった。ページをめくる怖さと同時に、それをどこか他人のように客観的な視線で楽しみながら読み進めている自分がいた。

 著者のアンナ・レンブケは女性の精神科医であり、世界的な依存症医学の第一人者であるという。本作は、1)快楽の追求、2)セルフバンディング、3)苦痛の追求の3部で構成されており、またその各節においては、症例と共に診察室での生々しい会話のやり取りが記録されている。

 まず、1)快楽の追求においては、分かりやすい“快楽”としてオナニーのことが取り上げられる。事例に出てくる男性は、幼少期に覚えたオナニーがやめられず、大学に上がり実家を離れたことが自由な時間を手に入れるきっかけとなり、オナニーを追求するようになった。レコードプレイヤーの回転数を利用したオナニーマシーンを自作して以来、完全な依存症となり、その後は結婚するも、その依存が原因により家庭は崩壊する。オナニーマシーンに改造されたレコードの時代が終焉しても、その次にはアダルトビデオが容易に入手できるようになり、そして今度は今まさに我々が使いこなしているインターネットの時代へと突入した。すると、彼はポルノサイトとそのチャット機能で快楽を求める日々に溺れ、その依存により彼自身が崩壊していく。

 オナニー依存の彼は断じて特異な存在ではなく、著者は彼と私たちは五十歩百歩で、皆自分自身を刺激して死に追いやる危険に晒しているのだ、と指摘する(p.47)。学生時代にレコードプレイヤーで作った自作マシーンは、使用後は罪悪感に強く責められ、衝動的に分解してはゴミ捨て場へと運んでいた。しかし、翌朝になれば、それをゴミ捨て場から回収し、また組み立てていたと言う。就職してからも事態はエスカレートし、仕事で電気を取り扱うことを会得してからは、ステレオアンプの電流を使った電気オナニーを楽しむようになった。レコードの回転数の“2段階強弱”程度で楽しんでいた従来の自慰行為とは違い、アンプの音量調節によって電流の調整の幅は無限大となった。しかし、これは一歩間違えれば感電により命を落とす危険性すらある代物となる。それでも、快楽を求めるためには、使用は止められなかったという。

 この男性は結婚当時、配偶者が家にいるときには、決して自作マシーンも、オナニーもすることすらなかったという。ただ、配偶者には、自分はオナニーの度が過ぎることを話題の一つとしては打ち明けてはいた。でも実際には配偶者の目にはつかなかったこともあり、その“お一人様時間”が、そこまで過激なものであったことは、彼女には想像ができなかったはずである。では、いつヤっていたのか。彼は、出張や仕事で一時期は別宅で過ごすことがあり、そこでの過ごし方は配偶者との日常とは完全に異なった“オナニー三昧”の日々だった。これはまさに「二重生活」の典型例であり、依存症の分野ではごくありふれた症状なのだとされる。この二重生活は、「依存症のある人が薬物摂取や飲酒や他の衝動的行動に、誰にも見えないところで、時には自分自身からさえ隠れて密かに耽ることを指す。(p.22)」とされる。

 ここで立ちション観察中毒者の当事者である自分と照らし合わせて考えてみると、まさに私は二重生活を送っていた。実家暮らしの学生時代では、頻繁に立ちション観察に出かけることは難しかった。単純に夕飯の時間には帰宅している必要があったからである。ならば、せいぜい花火大会やお花見などのシーズン行事にだけ、数時間程度出かけてみるといった程度に活動は留まっていた。それが社会人になり、一人暮らしを始めると歯止めがきかなくなった。毎週のように金曜日の夜は、酔っ払いリーマンが立ちションしていそうな繁華街に出かけるようになり、終電を逃して何時間もかけ歩いて帰ったこともあれば、忘年会シーズンの極寒の中、時間を忘れながら始発の時間までウォッチングをしていたこともあった。朝は9時から出勤していたのに、徹夜で歩き回っても眠気など感じなかったのは、今思えば本当に異常である。お花見シーズンは、代々木公園の土の上でスーツのままカバンを枕に仮眠したこともあった。観察だけではない。ペットボトルで自作小便器を工作した。自作オナニーマシーンと何が違うのだろうか。工作に至る思考の根底は同じであろう。

 さて、街中で行う必要がある立ちション観察の場合、一見すると“誰にも見られないところで、時には自分自身から隠れて密かに耽けている”との感覚は薄いのかも知れない。しかし、立ちション観察をしている自分という存在が、知り合いに見つからないようにと、あえて職場の駅からは電車で行きづらいポイントを選んでいた。自分の存在を、自分と社会的に関わりのある人々から見えぬよう隠れていた。立ちションを見ようとする姿は、蜘蛛の巣を張り獲物を待ち構える蜘蛛のように気楽ではない。蜘蛛の巣は透明だが、自分自身は透明になりたくても、なれない。だから、立ちションスポットにただ突っ立っていれば、立ちションをヤりにきた男どもに警戒されてしまう。だから、遠目で観察できる場所を探しあて、あえて離れたところから目を光らせ、獲物の立ちションが確定してから後を追う。単独で繁華街に立つ姿は、怪しい。知り合いにあったら、説明がつかない佇まいなのだ。このように自分自身の存在を雑踏の一角から消していたのは、広義には二重生活に該当するのだと気付かされた。

 他方、ブログの過去記事にも書いたことがあるとは思うが、本書を読む前から自分自身の二重生活には薄々感づいてはいた。それは、金曜日の夜に約束を取り付けられようとすると、とにかく嘘をつき予定をブロックした。雨の予報が確定していれば、立ちション観察はやりにくいため、そういう場合には金曜の夜に、“普通の人付き合い”をすることもあった。でも、雨が止む可能性が1ミリでもあるのであれば、やはり金曜の夜は密かに自分の見たいものを見に行くことに、大切な時間を費やしたかった。

 次に2)におけるセルフバンディングの話題である。著者は、セルフバンディングを「“自分を縛る”方法(p.119)」だと解説する。つまり、ここではいかにして依存状態から抜け出すかについて焦点が絞られ、実例もそれに基づいた内容になっている。先に述べたオナニー依存症の彼の例では、自作マシーンをゴミ捨て場に持っていき、破棄しようとする行動は、まさに自分を縛ろうとする行為であると見なす。著者によれば、衝動的な過剰摂取をあまりしないで済むように意図的に、自ら進んで、“自分と自分がハマっているもの”との間に壁を作る方法である、とも解説される(p.124-125)。過剰摂取は、何も薬物摂取などに限らず、本書の中では快楽を与える刺激全般のことを指していると考えられる。著者は、快楽は瞬間的にかつ永久的に記憶に刻んでしまうため、快楽と苦痛の教訓は忘れることができず、ドーパミンに溺れてしまうのだと指摘する(p.93)。つまり、ハマっていることから避けようと、いくら努力したところで、簡単にその“気持ちいい記憶”からは逃れることができないのである。

 実は、道端での立ちション観察は、非常に時間がかかる活動なのである。運良く、すぐにお目当ての行為を見られることもあれば、何時間と粘っても全く見られないハズレの日だってあった。このブログの読者の方で、日常生活の中で、立ちションの目撃が日常茶飯事であるような環境で暮らしている人は、決して多くはないはずである。立ちションする男たちも、一応は人目につかない裏路地を選んだりして隠れようと努力する。そのため、立ちション観察をする我々は、そこをディグるのである。これが成功すると、快楽を感じドーパミンが一気に吹き出る。我慢汁も吹き出る。では、私は過去にセルフバンディングをしたことがあるのかどうかということに関して言及すれば、何度もある、というのが正直な答えになる。理由は、前述のとおり時間がかかる活動だから、時間を浪費している感覚に陥ることがあった。週に1回の金曜日だけの活動とは言え、毎週ともなると結果的にはかなりの時間をムダにしていたし、金曜日の誘いを断り続けることで失った交友関係も僅かながらあったりもする。職場の飲み会には一切顔を出さない人だと認識されてしまった。

 一方、立ちション観察のセルフバンディングは単純であるとも考えられる。要は、そういうスポットに行かなければ良いのである。居酒屋が連なる繁華街、具体的に言うなら東京だったら新宿・渋谷・池袋・上野・浅草・銀座・・・。神奈川なら川崎の銀柳街、横浜なら関内・福富町・伊勢佐木町・・・。そう、ためしがき氏は、社会人になっての初めての一人暮らしでは、川崎に住んでいた。横浜~川崎の立ちションエリアも詳しい。

 しかし、立ちション観察を目的とした繁華街への訪問は意図的に避けることはできる。だが電車の乗り換えなどで、どうしても立ち寄らなければならないことだってある。更には、繁華街ではなくとも、本当に偶然かつ幸運な場合に、近所で立ちションをたまたま目撃してしまうことだって年に1度くらいはあるのだ。これについては、『ドーパミン中毒』の著者の指摘を借りれば、次のような解釈ができる。

 「セルフバンディングは必ずしもうまくいくわけではないと前にも警告した。時には障壁そのものが挑戦への誘いになる。自分がハマっているものをどうやって手に入れるかというパズルを解くことが魅力になるのである。(p.128)」これは本当にそのとおりだと感じた。立ちションウォッチングを避けるため繁華街へ近寄らなくなってからは、生活圏内、あるいは“準”生活圏内において偶然に目撃できた立ちションに強烈な快楽を覚えるようになった。近所のドン・キホーテの裏やコインパーク、路上飲みに適した駅前の公園のようなスペースでは、タイミングが良ければ立ちションを見ることができた。そればかりでなく、そういった必ず見られるとは限らない淡い期待の下で立ちションが1回でも見られたら、途端にスイッチが入ってしまい「もっと見たい。もっとたくさん見たい!」と、コントロール不能な欲望が体の芯から湧き出てくるのである。この感覚は、以前に繁華街でのウォッチングにおいて、1時間に5~6人と高頻度で見ていたあの時とは比較にもならないぐらい強い快楽だと感じている。障壁を超えずとしても、その私にとっての障壁の“壁”そのものに向かって立ちションをしている男が、近所の夜に存在しうるのである。

 著者が紹介したオナニー依存の事例では、テレビや映画、Youtubeや女子バレーボール競技など、とにかく彼をムラムラさせるものを封じ、新聞記事ですら不倫に触れるような話題も読み飛ばすなど、強硬なセルフバンディングをしていたと言う(p.150)。一方、立ちションウォッチングの場合はどうであろうと考えた時、ネットのポルノサイトからは遠ざかることは可能であるが、街中で立ちションを連想させる場所の一切から遠ざかることは不可能であると感じてしまった。例えば、コインパーキングの角や、街中の「立ち小便禁止」などの看板は、自然と目に入ってしまい、性的な興奮を自身にイメージさせてくる。男子トイレの小便器だって、NGである。男性の小便をキャッチするのに適したあの小便器のフォルム。あゝなんと罪深い芸術美、非常に厄介である。

 最後は、3)苦痛の追求である。著者の提唱するキーワードは“快楽と苦痛のシーソー”であり、この考え方により依存症を克服した事象を説明できると言う。具体的には、「断続的に苦痛に晒されることによって、我々の快楽と苦痛のシーソーが快楽の側に偏り、時間と共に苦痛を感じにくく、快楽を感じやすくさせるのである(p.195)。」と指摘する。つまり、苦痛を伴うが、その後には快楽の感情が湧き出るような行動をせよ、という主張なのであり、本書の提案の中で一番分かりやすい具体例は、運動をすることが挙げられていた。体に負荷がかかる運動は、本来「毒」となるが、運動後にはドーパミンを含む様々な脳内神経伝達物質を増加させる(p.202)と解説するが、これは別にこの本を読まなくても、なんとなくみな「運動すれば?」とか「筋トレすれば?」とか、体を動かせばきっと全てがうまくいく、なんていう予想はついてしまうだろう。オナニー依存症の事例においては、彼が同居を再開した配偶者に対して、「オナニーに関することがバレたら素直に話す」という苦痛を伴う正直な言動を取ることを選択したという。それにより、配偶者は「素直に話してくれてありがとう」と心を開き、親密な信頼関係こそがドーパミンの源になり依存症の改善が見られた、と述べている(p.249)。ただ一方で、“親密さ”という、一見すれば正しいと思われるドーパミン増加の方法においても、著者は“ドーパミンを増やす行動”は、どんな方法にせよ悪用される可能性が残ることも同時に指摘しており(p.250)、親しい人にしか見せない“人生の側面”を見せることが、親密な関係を築く方向には働かず、利己的な満足のために他人から利用され、自分が操作されるトリガーになることもあると言うから恐ろしい。

 なので、立ちション観察の秘密は、原則匿名のインターネット以外でカミングアウトすることは実際には難しい。更には、このブログ上で「本来はお弁当用の醤油を入れる魚の形状のプラスチック容器を使って、アスファルトに残るリーマンの泡立つ立ちション跡を吸い取ってみた。醤油で黒くなるはずの魚は、きれいな黄金色になった。持ち帰って、自分のボクブリに垂らしてみた(*´Д`)ハァハァ」なんて話を共有したところで、どこの誰が心を開いてくれて、「もう、やめなよ。」と言い、私を優しくハグして、私のドーパミンを増加させてくれるのだろうか?

 いや、何かが違う。私がこのブログを書くのは、“苦痛の側”に立って書いてはいないのである。苦痛を伴うカミングアウトを通じ、相手が理解を示してくれてこそ、初めて「打ち明けてくれてありがとう」というやり取りが成立し、苦痛に傾いていたシーソーは快楽の側へゆっくりと動き出すはずだ。

 また、このブログのようなある種の武勇伝的な語りでは、本人の症状を更に悪化させることも、著者はいともお見通しであるかのごとく指摘している(p.251)から、専門家はやはり鋭いと感じた。ならば、立ちション観察中毒をどうコントロールしていけばいいのかというピンポイントの問いに対しては、残念ながらこの本からはヒントを得られた程度で、直接的な解決策を得ることはできなかったというのが本音である。ただ、確実に言えることは、客観的に自分の立ちション観察という趣味は、依存症における衝動的行動に該当し、完全なドーパミン中毒なのだということが、全章に渡る至る所で読み取れた。

 話は戻るが、私は今年1月にメンタルの調子を大きく崩した。今現在も投薬により日常生活が支えられている。随分長く治らないものだ。治療の途中で、それまで安定剤だけでの対処療法または予防的服用ではなく、抗うつ薬(SSRI)の服用も始めた。医者から処方を提案されたときは、副作用の心配から一度は提案を拒んだ。でも、突然襲ってくる日々の不安感なんかよりも、医学的な統計により想定された副作用のほうがよっぽど気楽なのでは?と考え、数%でも寛解する可能性があるのであれば、むしろ抗うつ薬は試したいと思うようになってきた。今は抗うつ薬を使い治療を開始していると言え、調子はかなり良い。

 そう、実はこの『ドーパミン中毒』を読むきっかけとなったのは、何も自身の立ちション観察中毒に対する解決のヒントを得たかったからではない。というか、立ちション観察中毒からの“ドーパミン断ち”は、今のところする必要性を特に感じていない。それよりも自身が感じている現状における深刻な依存とは、実生活で処方された安定剤を必ず飲まないと、仕事もできなくなるほどになっていることであった。事態は、ゆっくりゆっくり悪化していたのである。もちろん、医師の指示どおり、用法用量は守ってはいる。だが、会議前には必ず安定剤を飲む、商談の前には必ず安定剤を飲む、移動をする前には必ず安定剤を飲む。血中濃度が最大になる時間まで考えて、神経質な飲み方で不安をコントロールしようとしていた。1日3回しか飲めないのは、RPGゲームのアイテムを使う感覚で、仕事と戦闘していた。正直、本当に怖い毎日だった。不安をかき消す薬を服用している脳ですら、これはまさに薬物中毒状態に片足を突っ込んでいるのだと自覚ができていた点は、賢い自分を褒めてやりたい。

 抗うつ薬の副作用は一切なかった。完全に「無」で、これは明治のラムネかな?と思うほど、あっさりとした投薬治療の幕開けとなった。ジェネリックだから明治の薬だった。ラムネだよ、ラムネ。そう思うと副作用なんて出るはずもない。こういったメンタルの不調は、調子がいいときと悪いときの山を何度か繰り返して、治っていくらしい。今日は、何して過ごそうかなぁ?