自立は靴紐と立ちションにあり

 しょっちゅう靴紐がほどける。簡単にはほどけない、しかもスポーツ選手がやってる本格的な結び方の情報にまで行き着いたことがあるほどストレスに感じる。でもその結び方は難しくて、Youtube動画を見ても覚えられなく、結局は蝶々結び。私はどういうわけか左足のヒモだけ緩みがち。

「ちょっと先、行ってて。」

誰かと一緒に歩いていて、靴紐を結び直したいときがある。しゃがんで結んでいるときに相手を待たせてもしょうがないから、先を歩いてもらおうと「先、行ってて。」と声をかける。このやりとり、実はノンケの立ちションでも発生することに、街中で気づいた。

「ちょっと先、行ってて。(俺そこで立ちションしてから行くから)」

もちろん、俺そこで立ちションしてから行くから、とは声に出して言わない。そんな野暮なこと察しろ、と。

 1982年のエロ裏ビデオ『洗濯屋ケンちゃん』という、VHS形式のビデオデッキ普及の契機となった作品がある。もちろんリアルタイムで見たというわけではないものの、FC2動画でエッチなシーンをカットしたバージョンを見たことがある。草むらでのピクニックの最中、人妻が

「ちょっと失礼。来ないでね。」

のような台詞を放ち、その場を離れて隠れて野ションをするシーンがある。

ちょっと失礼。来ないでね。(ワタシ、そこでオシッコしてくるから)

ちょっと先、行ってて。(俺そこで立ちションしてから行くから)

 おしっことは、いちいち、それをすると言うことを宣言しなくてもいいのであるように思った。興味深いのは、男は相手を先に行かせ、女は来ないで、と制止する両者の違い。街中とピクニックでは大きく状況は異なるものの、いずれの場合にせよ「ちょっと(俺そこで立ちションしてから行くから)、来んなよ」とか「見んなよ」と、男が相手の行動を制止する発言をしてもいい。でも、私が街中で耳にしたノンケ(たぶん)は、こぞって「先行ってて」と言い、連れも「おう」とだけ返し、立ちションするために離れた友人のことなど気にもとめない。

 話を急に靴紐に戻すが、最後に誰かに靴紐を結んでもらったのって、いつですか?子供のとき?ふと考えると、子供のときって紐靴じゃなくて、マジックテープの靴だったような。大人になってから靴紐がほどけて、「ちょっと先、行ってて」と言うのは、靴紐を結び治すこと自体に手伝ってもらうような複雑な手順なんてない。同じ理屈で、立ちションだって誰かに、手伝ってもらう必要はない。

あれ?

本当にない?

手伝ってもらう必要性??

「ちょっと先、行ってて。(俺そこで立ちションしてから行くから)
あっ、いや。やっぱ待って。やっぱここに立って俺のこと隠しといて。」
「誰か来ないか見張っておいて。」

 結論、「ちょっと先、行ってて。」 と連れを先に行かせて1人立ちションをする男は、誰に頼ることがなく街中で平気で立ちションができる自立した証拠。一方、ちょっと先に行ってて、と言われたのにも関わらず、「えぇー?どぉしたの?」と立ちションを見に戻ってくるような男は、『洗濯屋ケンちゃん』のケンちゃんだから、もうケンちゃんとしか言いようがないほどにケンちゃん。例の作品中では「あっ奥さん、オシッコしてる」「っあ!っ、ちょっt、見ないd。」みたいな流れだった。1982年のエロビデオですら、性的興奮を覚える対象として「人間がオシッコをしているところを見る」その描写を明確かつ自然に演出する。そして、それを見ようとすることそのものが、エッチな流れのスタートラインとなり得ることを描いている。

 2026年、iPhoneの6インチ程度の画面で動画を見ている場合ではない。生身の立ちションを見に行くべき。それが無理なら、せめて、最低でも65インチ程度の4Kモニタでエロ動画を浴びた方がいい。そのくらいの大きさだと、画面の中の人間は、等身大に見えるはずだから。